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『メロディ』

2012年03月19日 00:01

私よりも細く艶やかな長い髪。

指先をそっと入れて、軽やかに解いてみる。

滑らかなその感触に、嫉妬にも似た感情がふわりと湧いてくる。







彼に出逢ったきっかけなんて、忘れた。

彼は音楽を仕事とし、時折モニタの向こう側にいる人だった。



まだ肌を重ねる前、お誕生日プレゼントに1枚のMDを貰った。

彼が今手掛けている、ほんの数十秒の日替りのCM曲と、私へのオリジナル曲が入っているMD。









「君を想って創ったんだ。」







眼鏡の奥で目を細めて笑う彼。

曲のタイトルは、その時私が可愛がっていた猫の名前だった。

そうだ…私達は猫が好きだという話で、始まったんだ。







ごく単純なきっかけで始まった関係。

彼には、妻があり彼女がいた。

私にも定期的に会う人がいた。

だから、肌は重ねなかった。

それは、罪悪感、というのではなく、まだその時ではなかったから。



そしてその時を迎えたのは、世界にたったひとつの贈り物を貰ったから、ではなく。

お互いに、どんな風に抱いて、どんな風に抱かれるのかを知りたかったから。

そう、まるでスポーツのお相手を頼むような。

何の悪びれた様子もなく、私達はその日を迎えた。

当たり前のように。







もう一度、髪に伸ばしかけた手を、彼のスラリとした指先が捉える。

私の小さな手に絡まるしなやかな指は、私のコンプレックスを刺激する。

眼鏡を外した彼の顔は別人の様で、口数の少なさが普段と違う彼をみせて、少し心細くなってしまう。









「…後悔、してるの?」









彼が、捉えた私の指をひとつひとつ口に含みながら尋ねる。

ううん…そんなこと。

応えようとしても、声にならない。

呼吸が、少しずつ乱れていく。

仕方がなく、彼の目を見て僅かに首を横に振る私。

それを確かめるかのように、彼が含み舐めあげる。









「……ん……。」









漏れる吐息を辿るように、舌先がチロチロと手のひら、そして手首へと運ばれてゆく。









「んん……っ……。」









ゾクゾクする感覚が、腕から腋、そして腰へと落ちていく。

私が疼き始める。









「随分、可愛がって貰っているんだね。」









二の腕の内側、柔らかいそこに、彼が歯を立てた。









「あぁっ………。」









甘い声が私から込み上げる。

彼の舌が、腋から脇腹にかけて丹念に私を愛撫する。

やがてその舌は、私の花芽と辿り着き、そして蜜を紡ぐだろう。









「はぁぅっ……あっ……ああっ…。」









私から、彼が啼き声を導き出す。

それはまるで、五線紙メロディを置くみたいに。

固く瞑った目蓋の裏に、鍵盤を踊るしなやかな彼の指が見えた気がした。







そうしていつか、私も彼の作品の欠片のひとつになってしまうの。

彼が触れた私は、もう私であって私のものではない。

だって、今この瞬間から、彼の中で新しい作品が息衝いていて、それを何事もなかったかのような顔で生み出すのだから。







だから、せめて。







私は左肘で上半身を軽く起こして、彼を見つめる。

静かに彼と目があう。

私は彼に微笑んで。









「はやく……ここに、きて。」









湿り気を帯びた、私よりも長い髪を掻き分けて、首筋に手を絡めて、キスをねだる。









「ねぇ、奥まで……。」









一瞬、息を詰めて、そして彼を深く呑み込む。







こうしてあなたが創り出すものに、私が触れる度にきっと甘い痛みと嫉妬を感じるのだろう。

幾つもの女性達の欠片の中から、私を探すことをしてしまいそうだから。









だから、せめて。







私は更に固く目蓋を閉じた。













私のためだけに、生まれた曲をただ思い浮かべながら、堕ちるような快楽に漂った。

このウラログへのコメント

  • LEONLEON 2012年03月19日 08:52

    メロディや詩の中に刻まれるように溶け込む、溶かしてしまうそんな情景が浮かびます、相手の曲を作るように

  • 翔パパ 2012年03月19日 09:56

    二人の間に多くの言葉は要りません…水面に手を入れるだけで波の輪が広がります。共鳴して大きく膨らみます

  • ボブ 2012年03月20日 07:41

    女性のカラダは正に楽器かも…
    手入れを怠らず
    優しく奏でると
    良く響きます うひゃ♪

  • ポメリー 2012年03月21日 06:46

    > LEONLEONさん

    きっとその溶け込んだ中には、互いに別の欠片が混じっているのですよ。
    不純物があるからこそ、煌めくのかもしれませんね。

  • ポメリー 2012年03月21日 06:48

    > 翔パパさん

    水面に手を入れるだけで…って、いい表現ですね。
    堪えきれずに掻き回すと、波の美しい輪は乱れてしまうから、何事も加減が必要かも。

  • ポメリー 2012年03月21日 06:48

    > オフタイムさん

    ありがとうございます♪
    昔、書いたお話です。

  • ポメリー 2012年03月21日 06:49

    > トマトケチャップさん

    そうそう。
    柔らかい、穏やかな旋律だったのですよ。きっとその曲。

  • ポメリー 2012年03月21日 06:50

    > ボブさん

    うひゃ♪ って(笑)

    放ったらかしは、ダメなんですよね。
    楽器も。

  • 翔パパ 2012年03月21日 10:02

    時には激しい波を立てても?女心の特権です。嵐のような時が過ぎ穏やかさがもどります。至福を感じる時です

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