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成程話:[痛い目]に遭いながら人生を学べ
2012年09月13日 14:09
早稲田大学第14代学長、奥島孝康氏の心に響く言葉より
振り返れば戦後、日本の高度経済成長を支えてきたのは[勤勉な日本人]でした。
飛ぶ鳥を落とす勢いで[経済大国]への道を歩んだ、そのこと自体は素晴らしい。
ただ残念ながら[青少年の育成には失敗した]と言わざるをえません。
ひところ[1億総中産階級]と言われる程の豊かさを手に入れた私達日本人はいつの間にか戦後の復興期には誰もが抱いていた筈の[一人ひとりが国を支えていかなければいけない]という公共心をどこかに置き忘れてしまったように思います。
皆がより豊かな生活を目指して、自分の為だけの算盤を弾き始めたのです。
そのことが一方で[皆が豊かで当たり前]というような[横並び意識]を醸成しました。
結果、個々人で異なる個性や能力等を脇に置いた[間違った平等感]が世にはびこるようになりました。
皆が皆[自分の利益の為にしか動かない]となれば、あるいは逆に、ひところ社会主義国にはびこった自ら努力・行動することなく平等を求めるような風潮が幅をきかせるようになれば、国は衆愚政治に陥り堕落の道をたどるほかありません。
国を動かすリーダーを筆頭に国民皆がそこを怠った、言い換えれば[さほど努力をしなくても、今や日本は豊かさを享受できる国である]という幻想の下で、ただただ好景気に浮かれ、いわゆる[花見酒の経済]を満喫したのです。
それがために日本は危機的状況に陥り、皆揃って奈落の底に落ちていったのではないでしょうか。
今の日本社会を見ていると優れたリーダーが不在のまま、国民の意識が[国を何とかしよう]から[国に何とかして貰おう]へとすり替わった感すらあります。
豊かさの功罪と言うべきか、日々仕事に忙しい親達は子供と向き合う時間を持つかわりに、お金とモノをふんだんに与えて甘やかしました。
そんな暮らしの中では心身共に[痛い目]に遭いながら人生を学ぶ機会は得られません。
自分が[痛い目]に遭わなければ、他人の気持ちや心の痛みはわかりません。
だから、[痛い目]を知らずに育った青少年に社会性や公共性が十分に育たなかった。
[自分の為]ではなく、世の為人の為に汗を流す、涙を流す、場合によっては血を流す。
そういった気骨ある青少年がいなくなってしまったのは、ひとえに戦後世代の大人による[青少年教育の失敗]にあると言っても過言ではないでしょう。
『[痛い目]に遭いながら人生を学べ』光文社
[花見酒の経済]と落語からの引用。花見の場所で酒を売って儲けようと、酒屋から樽酒とつり銭まで借りた二人が道すがらどうしても酒を飲みたくなり、つり銭の小銭をお互いに払い合って、結局は仕入れた酒を飲みつくしてしまい、残ったのは最初のつり銭と借金だけだったという話。日本は元々資源のない国。本当は必死の努力なしには暮らしていけないのに、好景気に浮かれ、それを実力と勘違いして、皆で調子に乗って酒を飲み合ってしまったということ。本当は、人は[痛い目]に遭わずに気づくのが最も望ましい。でも[痛い目]に遭ったり、崖っぷちに追い込まれたりしなければ本気になれないのが、人の悲しいさが。[痛い目]に遭えば他人の心の痛みもわかる。世の為人の為に汗と涙を流せる気骨のある人になりたいな。
このウラログへのコメント
-Q-さん:そうだね。痛い目にあうだけで終わりたくないね!
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