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素敵話:目には見えなくても
2012年10月29日 22:39
バスの乗客は白い杖を持った美しい若い女性が慎重にステップを上ってくるのをはらはらしながら見守っていた。
女は手探りで座席の位置を確かめながら通路を歩き、運転手に教えられた空席を見つけた。
座席に腰を下ろすとブリーフケースを膝に載せ、杖を脚によせて立てた。
34歳のスーザンが視覚障害者になってから1年になる。
誤診の為に視力を失って、彼女は闇と怒りと苛立ちと自己憐憫の世界に突き落とされた。
ひと一倍独立心の強い女性だったのに、残酷な運命の悪戯のせいで、人の助けを借りなければならないのが辛かった。
[どうしてこんな目にあわなければならないの?]彼女は怒りに胸を詰まらせて嘆いた。
だが、いくら泣いても喚いても祈っても辛い現実が変わるはずもないことは解っていた。
視力は2度と回復しない。
以前は明るかったスーザンの心は重い鬱の雲に覆われた。
毎日をやり過ごすだけでも苛立ちや果てしない疲労の連続だった。
彼女は必死の思いで夫のマークに縋った。
マークは空軍の将校で心からスーザンを愛していた。
視力を失った彼女が絶望の淵に沈み込んだ時、マークは何とか妻にもう一度力と自信を取り戻させよう、もう一度独立心を回復させてやろうと決意した。
軍人であるマークは扱いの困難な状況に対処する訓練を充分に受けていたが、その彼でさえこれはこの上なく厳しい闘いになる事を知っていた。
ついにスーザンは仕事に復帰する決心をした。
だが、どうやって職場に通ったらいいだろう?
以前はバスを使っていたが、一人で街に出るなんてもう怖くてできない。
マークが毎日車で職場まで送って行こうと申し出た。
2人の職場は街の反対側に分かれていたのだが。
初めスーザンは喜んだし、ほんの僅かな事にも大変な思いをしている妻を守ってやりたいというマークの気持ちもこれで満たされた。
ところが暫くするとマークはこのままではいけないと気づいた。
そんな事を続けるのはどう考えても無理だったし、負担が大きすぎる。
スーザンは一人でバスに乗ることを覚えなければいけないんだとマークは自分に言い聞かせた。
だが、彼女にそう言うと考えただけで彼は怯んだ。
それでなくても頼りなく怒りにさいなまれているのに。そんな事を言われたらどうなるだろう?
マークの予想通り、またバスに乗ると考えただけでスーザンは震え上がった。
[目が見えないのよ!]彼女は苦々しく答えた。
[どうすれば行く先が判るの?貴方、もう私の面倒を見るのが嫌になったんだわ]
こう言われてマークの心は傷ついたが、しかしなすべき事は解っていた。
彼はスーザンに毎日朝晩一緒にバスに乗ってやると約束した。
彼女が一人で大丈夫と思うまでどんなに時間がかかっても。
その通りになった。まる2週間、軍服を着て支度を整えたマークは毎日スーザンの送り迎えをした。
残った感覚、特に聴覚を働かせて自分の居場所を掴み、新しい環境に適応する術をスーザンに教えた。
バスの運転手とも馴染みになり、彼女に気を配り、座席をとっておいて貰えるようにした。
そのうちにスーザンも笑い声をあげるようになった。
バスを下りる時につまづいたり、書類が詰まったブリーフケースを通路に落としてしまうといった運の悪い日にすら笑顔が出るようになった。
毎朝2人は一緒に出かけ、それからマークはタクシーでオフィスに向かった。
車で送迎するよりももっと費用がかかったが、マークは時間の問題だと知っていた。
スーザンはきっと一人でバスに乗れるようになる。
彼はスーザンを信じていた。
視力を失う前の何があっても恐れずに立ち向かって、決して諦めなかったスーザンを。
ついにスーザンは一人でバスに乗ると言いだした。
月曜日になった。
スーザンは出かける前に、夫であり親友でもあるマークの首に両腕を巻き付けた。
彼の誠実さと忍耐と愛を思ってスーザンの目に感謝の涙が溢れた。
[行ってきます]。
2人は初めて別々に出勤した。
月曜日、火曜日、水曜日、木曜日…。
毎日は無事に過ぎていき、スーザンの気持ちも、かつてなかった程明るくなった。
やったわ!自分だけで出勤できるんだ。
金曜日の朝、スーザンはいつものようにバスに乗った。
料金を払ってバスを下りようとした時運転手が言った。
[あんたはいいねぇ]
スーザンはまさか自分に言われたのではないだろうと考えた。
一体誰が目の見えない女性を羨むというのだろう。
この1年をやっとの思いで生きてきたというのに。
不思議に思って彼女は運転手に聞いた。
[どうして、いいねぇなんて言うんですか?]
運転手は答えた。
[だって、あんたみたいに大切にされて守られていたら、さぞかし気分がいいだろうと思ってさ]
スーザンには運転手の言っている事が全然解らなかったのでもう一度尋ねた。
[どういう意味なの?]
答えが返ってきた。
[ほら、今週ずっと毎朝ハンサムな軍人が通りの向こうに立ってあんたがバスを下りるのを見守っていたじゃないか。あんたが無事に通りを渡ってオフィスの建物に入っていくのを確かめているんだよ。それから彼はあんたにキスを投げ、小さく敬礼をして去っていく。あんたは本当ににラッキーな女性だよ]
幸せの涙がスーザンの頬を伝った。
目には見えなくてもマークの存在がありありと感じられた。
私はラッキーだ。本当にラッキーだわ。
彼は視力よりももっと力強いプレゼントを見る必要などない、はっきりと信じられるプレゼントをくれたのだった。
闇の世界を明るく照らしてくれる愛というプレゼントを。
[こころのチキンスープ<13>ほんとうに起こったラブストーリー]
ダイヤモンド社より
感動です♪目に見えなくても応援してくれている人がいる。支えてくれている人がいる。なるべく早く気付きたいね♪
このウラログへのコメント
あれ?この話って前にも読んだ気がする。
でも、いい話は何度読んでもぐっと来るね。
hiro69さん:前も書きました覚えていて貰えてたって、嬉しいです
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